folja
思想

仮定集

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「人生二度目説」「水槽の脳」「永劫回帰」。もっともらしいことを並べながら、その本心では他人を騙してきゃっきゃする、誰にもある人生の一時代の大傑作。自画自賛の時代に入った今、foljaに堂堂収録。けれども読み返してみると騙すことにお熱で、あまり大した文章ではない。

 一度しか人生はないと主張している人間を洗脳させて、その人生はすでに二度目であることを示せば、颯爽と自死して、しかしその罪によって三度目の人生が始まってしまう……。まとまりがないうえ突拍子もないのでおもいつきをそのまま書き出して、変に中篇にすることを避けようと試みているのだが、目下深夜でありながら空腹で、明日の昼には何を食べようか、などということを考えている。

 ここからは別の日。たとえば複数のキャラクターを操作するときのように、ある時点では一方の操作に夢中になるようなそれが人生そのものだとしたら? ちなみにこの前の昼には往復一時間ほどかけてトンカツを食べに行きました。愚かですね。

 また別の日。毎回千文字ほど書いているが、足りないので日を置いてあれこれ家庭をおもいついたら書くことにした。それで題も今決めた。九月が終わることには公開したいものです。人生の解釈は古来から扱われていて、新規性のあるものを考えるだけで苦労する。我我の脳は培養室にあって、研究のために用いられているが、身体はシミュレーションであり、そのシミュレーションによって得られた認識を脳に送りつけて、あたかも脳が思考して行動しているかのようにし、古代に生きていた人間という存在の脳の成熟を、別の生物が研究していたらば? つまり今は二千二十五年の九月ではない、というような可能性であるとか。

 それで、もう十月です。九月中にうんたら、と書いていた気がしますが、いかんせん何ももうおもいつきそうにもないのでオチだけつけて投稿してしまおうとおもいます。しかしいいオチを考えるとなると、これまでのあれこれよりそれなりに大変です。予想もつかないようなどんでん返し(決してどんでん返しである必要はないのですが)を書かなくてはいけないのですから。当然ですが、これまでのほとんどは人生についての仮説と同じように軒並み嘘っぱちで、すべて十月二日に書いている、なんなら前回の記事を公開してから書いている、というようなことは読者のみなさまにおかれては予想ついているでしょうし、ああまた嘘をついているじゃあないか、まさかそれをオチにするのではあるまいな、と睨んでいるでしょうから、いいオチでもないかと思案しています。

 ところであなたの前世を知っているのですが、と(出まかせを)いったらばそれを信じるものでしょうか? あるいはあなたがあなたそのものを幾度となく繰り返してきたとしたら? それもいかようにも変えられるものでありながら、全く同じ人生を飽きもせず繰り返していたならば? 似たものは百年少し前にありましたね。それで、何が嘘で何が本当でしょうね。