パディントン
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雨の降りしきる五車線の大通り。横断歩道のないところを渡っちゃ、め! でしょ! まったくもー。なにしてくれてんだか。でもこの文句は本編に関係ないよ。パン屋のメロンパンってなんで美味しいんだろうね? これも関係ないよ。掌篇だからちょっとでも概要を説明するとすぐネタバレになってしまうから滅相なことを書くしかないんだよね。
五車線もある通りを、傘もささずに、ずぶ濡れの熊のディキンソンは、悠悠と横切っていた。その前にパン屋から出てきた少女が親の手を引きながら、ねえあたしの傘をお使いよ、寒いでしょう、と声をかけていたのだが……。そこらじゅうの水たまりが波打つほどに足つきは力強いのだが、──ごめんね、ぬいぐるみだから……重たい傘は持てないんだ、哀しいけど濡れるしかないんだ、と答えていたのを確かに聞いていた。だからバカみたいにずぶ濡れにならなくちゃあいけないんだ。
──バカじゃあないわよ、きっと。ねえパディントンさん、と少女は重ねるようにそう言い聞かせたが、しかしその熊の名前がディキンソンであることは読者の皆様にとってみれば周知のことであり──もうお分かりだろう──そっくりだけど違うんだ、ぼくはパディントンではなくてディキンソンというんだ、くまのほうがパディントン、ぼくがディキンソン! 諭すようにそのディキンソンは畳み掛けた。向こうのショーウィンドウでは(本物の)パディントンのぬいぐるみが通りを眺めているのだが、もちろんあれはパディントンであってディキンソンではない。ディキンソンはもともともシロクマのぬいぐるみで、単に日焼けして褐色になってしまっただけなのだ。
親子はパンの袋を持ちながら、歩道橋を渡っている。その下ではディキンソンが水溜まりをバシャバシャ言わせながら道路を横切っている。歩道橋の下を渡ったらどうなのよ! という少女の声も、いよいよ強まる雨足に、ただ消え行く……。
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それがこの通りで毎日繰り返されている。ディキンソンは毎日その通りを横切り、親子は日替わりでパン屋から出てくる。街から消されて、別の親子が補充されるように。そして実際に親子は消されている。ディキンソンと目が合った者は必ずその日のうちにどこからもいなくなる。だから映画の殺人鬼よろしく雨の中を傘もささずに通りを横切っている。すっかり筋が通っている。
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喫茶店のおやじがショーウィンドウのガラスを拭きにくるのは午後二時のことで、一連の出来事の少し後のことだ。それでおやじはディキンソンのことを知らない。親子のことも知らない。山風で煽られた土が連日の雨でショーウィンドウのガラスを汚すから、一日くらいはサボってもまだ向こうはみえるのだが、二日めになるともう汚れで曇ってなにもみえなくなる。それを嫌って毎日開店前にガラスを拭きにくる。手にボロ雑巾を持って、出口にしまってある立て看板にエプロンをかけるとからりと木製の風鈴を鳴らして外へ行き、外を磨く。それからもう一枚の雑巾で内側を磨く。パディントンのぬいぐるみを、こざっぱりした店内を代表するように木製の小さな椅子に座らせ直して、その前に洗い立てのコーヒーカップを置く。あたかもコーヒーを飲んでいるかのようにパディントンを整え、向かいにあるパン屋のほうへ視線を向ける。つまりおやじは、夕方に焼き上がるパンを買った客が、コーヒーでも飲みに来ないか期待はしているのだ。実際、そのうちの二十五、六人はおやじの店へ足を運ぶ。もっともおやじがそうするのはひどい料理の腕前のためであり、十数年前に親の後を継いだはいいものの、当時は毎日のようにボヤ騒ぎを起こし、その度に店内にはパン屋とは違った焦げ臭い香りが充満していた。それでコーヒー以外のメニューを軒並み無くして、それでも常連をはじめ、それだけは腕に自信のあるコーヒーを欲する客だけでなんとか食い繋いでいる。だから向かいのパン屋の客がいなくなったら……あるいはパディントンのぬいぐるみがそこを見つめなくなったらもうおしまいであるというわけだ。
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二時半におやじの店は開く。コーヒーしか出さないから、朝から開く必要はないとおもっているらしい。しかも客のほとんどはパン屋から来ているので、実際に朝から開いても客足はまばらだ。なにせこの街で朝にパン屋へ行くのは、遠くに会社勤めをしているサラリーマンばかりで、かれらはパン屋から出てくるときに目を合わせても、喫茶店には見向きもしない。つまりその小洒落たパン屋がかれらにとって正当化できる贅沢であり、ただ昼飯を買うという名目であれでもないこれでもない、とずらりと日替わりで並ぶパンを選ぶ愉しさを感じられる至高の時間なのだ。
そのわりに、おやじは深夜まで店を開く。つまり深夜はサラリーマンが帰ってきてどんちゃん騒ぎをするための場所なのである。酒はない。ツマミはあるはずもない。誰かが酒を持ち寄ると、おやじも飲みに便乗して大声で歌い、笑い出す。はじめは酒を持参した数人からで、そのあとは帰宅するも何かと理由をつけて家庭を抜け出してきたサラリーマンが普段着に着替えて、近所のコンビニやらスーパーやらで買ってきたツマミを持ち寄る。だいたいはナッツだとかドライフルーツだとかで、酒も安酒ばかりだ。それが九時過ぎのことで、対照的に向かいでは目の下にクマを作ったくたびれたサラリーマンが3割引になったパンを買っては頬張って早歩きで帰っている。だいたいは残っているとアップルパイを、そうではないときにはくるみパンを買っている。冬はオーブンで温めてから渡してくれるし、形の崩れたくずパンも一緒にくれる。バターが中途半端に残っていると硬くなったパンがバターの乗って焦げ目のついたスライスに早替わりすることもある(そしてそれを断ったことのある客は一人もいない)。三人に一人は歩道橋を渡ってこちら側に来るが、降りたすぐにある、綺麗になったショーウィンドウのパディントンを一瞥してねぐらへ急ぐ。
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ところであなたがもしディキンソンに会いたいなら、シロクマらしく真っ白で、パディントンに背丈がよく似ているぬいぐるみを探すといい。毎日のようにあのパン屋でパンを買っている常連で、そうみえるだけでいつも綺麗な純白の毛並みを持っている。まさか日焼けして毛の色が変わるなんて滅相もない。もちろん目があっても優しく笑いかけてくれるだけだし、「いなくなった」ような親子も来週の同じ曜日の同じ時間にはまたパン屋に来ている。ショーウィンドウの中で日替わりのコーヒーカップを前にしているだけでは、たまにそういうことを考えないと、いくらパディントンのぬいぐるみでもどうかしていることを考えないとやっていられなくなることがあるのだ。