folja
創作

生命

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世界から切り離された部屋の中から語られる、肉塊、獣、精神。境界の揺らぐ密室のナニカ。なんですかこれ? どうやら二元論に対する新しいアプローチのための作品らしいですが、何のことかわかりません。そしてfoljaに本当に収録していいか尋ねたら、これは推敲もしなくて、そのまま収録して構わない、と言われました。正気ですか? (概要執筆:tmk3ki)

 自尊心を栽培するように失意の人間を成育させたが、肉塊であることのほかに共通のない生命がその天命を成すこともなく死んだ痕跡を家の床の腐敗に見定めることしか叶わなかった。その上を歩くたびに、身体を捻った慣性で回る景色の単調さを楽しみ、二、三度現れる南の街と、無機質な漆喰とのコントラストが有意味であるように感じていた。しかもそれは実に有意味なのだ。窓と漆喰はもはや生命活動の明確な分断であり、生命の矜持を放棄した二人のものによる空間を、手早く世界から断絶させるために適している。

 時時その塊は話をした。みたこともない世界の話だった。しかしそこから眼下の街並はどうしてもみえないのだから、大抵は空のことである。鳥の他には航空機を生命とする話の滑稽さに、数年前まで生きていた都会の、人間の蠢きが脇腹を擽るような不気味さを見出せる。ほとんど動かない白いもやのほうが、こうして動くぼくたちみたいだねえ、と、棧が東西を分ける国境となったそれが呟いたとき、ふと気まぐれに鏡を購入して、それを国境の反対の、つまり窓の上の棧へ取り付けて、それのために人口の世界を見せてやった。あっちではトカトカ動いているし、四角い塊がトカトカを轢いた! 向こうでは同じ顔のそれが顔をくりくり弄っているし、夜になるとくりくりは目合う! そこを通るたびにそれはそのようにして、鏡のなかのことを話した。待てよ、目合うなどということをどこで知った? たまげて問いかけたが、それはすっかり忘れてしまった、という身体をした。肩の代わりに腹をすくめるのだ。いつものように。

 夏、それが興奮気味に、くりくりはその上に野獣が乗っかり、そのあとでばらばらになった、と話した。その頃それは、辛うじて鳥と航空機と雲を見極めていた時代から、人間と獣を見極めるように変わっていた。とはいえ、それにとって、そうした区分に意味などあるまい。その野獣はただの人間である。定刻に鏡を通り、遠吠えをする声の高い犬と、全開にされた窓から漏れたそれの喘ぎがあまりに似ていたのをケラケラ笑い、屋上で寝転んでいたそれが、その犬の残した糞と同じ色に変わってゆくのをまた笑い、あるいは鏡を介してこちらを睨む野良猫とそれの眼光が似ているだとか、野良猫が夜になると眠る新聞の乱雑に敷かれた段ボールとそれの枕が同じように大きいだとか、つまりは人間と獣の区分をわかったあとでその単調さに辟易したそれが、人間と知りながらそれを野獣、と呼ぶようになったのだった。

 人間と野獣の境界は明瞭で、それは自分のことを人間だとおもっていたようだった。そして実際にそれは生涯人間の姿をしてはいなかったが、正確に人間だった。養殖された人間のアイデンティティを持つ稀有な、幼い人間だった。肉体を持つ精神的人間……。人類が夢にまでみた機械人間が実現する前に、ある奇妙な肉塊に精神を見出し、その精神を人間だと判断した。それは定義じゃないかな、と、それは死に際にそういった。

 それが死んだ日は冬だった。凍える日がよく似合った。今が氷河期であることを悟った変温動物のように、半ば絶望を露にしながら死んでいった。どうでもいいんだけどさ、君が孤独になってはいけないとおもったんだ。世の中にはふたつでひとつ、というものがいくらかあるでしょ! これはそれが見せた数少ない希望だったかもしれない。──金色の光と暗黒の陰とか、肉体と精神とか。──そうだよ! ──右手と左もそうだとか? ──それのことかい? なら右手と左手だあね。──それとサンドウィッチの外と中とか。──めくって食べないでくれよ、お願いだから!

 それを最後にそれは死んだ。そのときこの部屋の主が失われたのである。