folja
創作

ワールズエンド・

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一枚の手紙と失踪した「彼女」をめぐる、なんともいえない曖昧な作品。恋愛小説のようだが恋愛小説ではないようにも思われる。長編で読ませろと脅しているのに書いてくれない。folja収録にあたり推敲。推敲するなら続編を書いて欲しい。(概要執筆:tmk3ki)

 手紙は、「ところでぼくは」、で始まっていた。おかしなことだった。彼女が自ら失踪した日から、ぼくは習慣のようにして、毎日同じ最後の手紙を読んでいる。その手紙は、必ず「だからぼくは」ではじまっていた。

 それはぼくが彼女の失踪を手伝った最後の日に直接受け取ったものだった。この世界の最期を考えてみたらさ、と彼女は話しはじめて、こんな世界、ぼくは遠くに行ったって構わないんだ、まで、一息で喋った。そしてそれから行われる失踪という言葉を押し殺してこの手紙をぼくの胸に押し付けた。ぼくは面食らいながら、きっと彼女はぼくに最後の手助けを期待しているのだ、とおもった。まだ小さかったぼくにとって、その大役に足ると信頼されたことが何よりも嬉しかった。ぼくは無言のまま(きっと)望まれたように遂行し、彼女の失踪に手を貸した。手紙は皺ひとつつかないように、くたびれた、薄い文庫本の間に挟んで(ひどく心許なかった)、手提げ鞄の奥にしまい込んで、彼女の失踪を見届けてから、最後に自転車へ飛び乗り、油の切れてやかましいペダルを嫌というほど踏みつけて、彼女がいない街へ戻ったのだった。

 そのときの手紙は確かに「だからぼくは」ではじまっていた。間違うはずがない。自転車を乱雑に止めて、その喧しさのツケを返すように玄関のドアを静かに閉め侵入したあと、ぼくは食卓では夕食を彼女と出会ったはじめての日の夕方と同じはやさで平らげ、風呂場では興奮し震える左手で握ったシャワーをあやまって何度か天井へ向け、階段では七段目を踏み外し、自室でベットにうつ伏せになりながら、そのA4用紙二枚に書かれ、丁寧に四つ折りされた手紙を開き、読み始めたのだった。「だからぼくは失踪することにしました」。ときどき彼女は大切なことを沈黙し、代わりに手紙にしてぼくに渡してきた。彼女はぼくたちが会うよりも前に手紙を書き、前口上としての会話をし、ぼくはその会話のあとで会話より前に書かれた手紙を読む。そうやってぼくたちはやりとりを続けてきた。「ところでぼくは」から手紙がはじまるわけがなかった。

 鍵付きの抽斗のなかに、さらにホームセンターで買ってきた五桁のダイヤル付き収納箱を入れ、その中に手紙をしまっていた。ぼくは抽斗と収納箱とを、異物を掘り出したかのように神妙に確かめたが、誰かが無理やりこじ開けた形跡もなければ、箱がすり替えられた形跡もなかった。ダイヤルは固定キーで、その番号はぼくしか知らないし、抽斗の鍵はぼくと彼女しか持っていない。彼女がはじめてぼくの部屋へ来たときに、どうしてかその抽斗の合鍵を彼女に預けた。彼女は鍵を持たずに失踪するとはおもえないし、しかもどこかで失くしたり落としたりするともおもえない。万一に不運なことにイタチか何かが寝ている彼女の懐から鍵をスったが興味をなくして捨てたとしても、その鍵を拾った何者かがぼくの部屋の抽斗を開ける鍵だとはおもわないだろう。しかもその鍵を偶然に手に入れて、その人物が手紙をすり替える必要のある存在である、などということが、はたしてほんとうに起こるだろうか? まさか。ぼくと彼女の関係を知っている人物もさしていなかったというのに。

 けれども、その「ところでぼくは」の手紙の筆跡も、間違いなく彼女のものだった。特徴的な丸みを帯びていて、罫線が無くても傾かなかった。愛用していたスーベレーンD400で、こだわりの ぼく という二文字が幾度もなぞられて、太文字にされていた。

 それはぼくの知っている彼女の手紙ではない。ぼくの知らない彼女の手紙だ。そしてぼくがそれを同じ人物からの手紙だと確信するように、冒頭を少しだけ書き換えて、そうだとわかるようにしたのだ。ぼくにはそうした確信があった。

*

 ところでぼくは失踪することにしました。誰かが気がついちゃう前に。きみとは違って(ぼくにとってそれは悲しいことだけど)、ぼくが失踪するともなれば、決まって誰もが助けに来ちゃう。唐突に失踪して、きみをその最後の助手に選んだのはそのためだったのです。

 もしきみが失踪するならぼくが止めました。けれどもきみはぼくの失踪を止めないだろう、妙な確信があったのです。そして幸いなことに、ぼくの失踪にきみが関与していたと疑うおとなはどこにもいません。おとなどころか、誰も。(少なくともぼくはそんなきみを面白いとおもっているのですが。)

 きみは数ヶ月経った今もこの手紙を大切にしてくれているでしょう。だからこれを今読んでくれているのだとおもいます。ぼくがおもったよりこの世界の最期はずっとあとでした。世界の最期のころには、もう一度その街へ戻ってきみに会おうとおもっていましたが、それはまだ先になりそうです。

 今ぼくはきみのいた街にそっくりなところへ来ています。野良猫の擦り寄ってきたお腹が温かいくらいには肌寒いところです。もちろんきみはいないけど(そして幸いなことに、この街を去るときはそのまま門を潜り抜けていけばいいので誰かの力はいりません)、それ以外はほとんどこれまでと同じような暮らしをできています。もぐらが開けてくれた地下空間で発電機に繋がった電気式のカンテラを前に、缶入りの水をコキュコキュ飲んだりして。五時前には目覚めて、晴れている日は海を見に行きます。雨の日は火を起こして誰かが来るのを待ちます。雨の日は案外、傘を持たずにびしょぬれになったひとが雑踏から転がり出てくるので。

 そちらはどうですか? もう普段と変わらなくなったかな。どれだけ深い喪失でもすっかり忘れてしまうのが街というものです。きみ以外は……。きみはいつまでも不思議な存在です。街は見事に騙されて、きみのことを平凡だとおもいこんでいるし、きみはきみで、そうやって平凡だと街を欺いている。

 そしてきみはぼくが失踪してから、これまで以上に街を欺こうとする。そんな気がします。儀式的に、きみはすべてのひとに、偽物のきみの顔を植え付けようとする。誰もがすっかり人口のきみの顔を受け付けるきみではなく、その偽物の顔をきみだとおもいこんでしまう。世界が終わるまえまでに、その流布した偽物のきみの顔で、街は腐りきっちゃうんじゃないかな。そしたらぼくも戻りやすくなるんだけど。溶けてぐちゃぐちゃになった街で、ぼくはきみと邂逅を分かちあうんだ。

 またいつか、ね。遠い世界の話をしよう。

*

 あれ以降、ぼくは彼女に一度も会っていない。それは確かだ。